室町時代の社会経済②〜撰銭や職業など多様化した商売の話

室町時代の社会経済、後半戦は商売にまつわる話です。前回言ったように鎌倉時代と混ぜて出題するのがパターンなので、正確に覚えましょう。

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明銭と撰銭令

続いては室町時代の経済についてです。日明貿易を通じて、日本は明銭を大量に輸入しました。これによって銅銭で年貢を納める代銭納(だいせんのう)という形式が一般化します。

商品作物を作ってお金を稼ぐのも、お金を使うのが当たり前になったからです。明銭の種類としては3つ覚えておきましょう。永楽通宝(えいらく)・洪武通宝宣徳通宝(せんとく)です。

すごくたくさん輸入したけれど、みんなが使い出したらいくらあっても足りません。絶対的な貨幣不足が起こります。

そこで見よう見まねで勝手にお金を作る人が出てきました。作られたお金は私鋳銭(しちゅうせん)と言うけれど、当然、明銭に比べてあまりにも質が悪い。ってかほとんどが銅じゃないものでできていたりします。

そこで、「ダメダメ、私鋳銭なんて受け付けないよ。物が欲しけりゃきちんとした銅銭で払いな」という人がほとんどでした。この悪い銭を受け取らないこと、この行為を撰銭(えりぜに)と言いました。

ただなんせお金の数が足りないんだから、質にこだわってるわけにもいきません。なので幕府はこの撰銭を禁止し、私鋳銭の交換比率を定める法律を出しました。それが撰銭令です。撰銭を禁止するのが撰銭令、気をつけてください。

酒屋・土倉・寺院

鎌倉時代後半から盛んになった商売が、お金の使用が当たり前になることで大きく盛り上がります。商売が盛んになると、必要になってくるのが銀行。

鎌倉時代は借上という金融業者がいたけど、この時代は酒屋土倉(どそう)・寺院が高利貸しを行います。

土倉は倉庫を貸す業者。レンタルスペース屋ね。それから酒屋。酒はムチャクチャ儲けがいいんです。大学の学園祭でもビールとか売ったら、豪華な打ち上げができるよ。その利益を他人に貸すことでさらに儲けていました。

最後は寺院。織田信長のところでまた触れるますが、中世は寺社勢力の力が本当に強い時代でした。武器を持って襲ってくる物理的な強さ、本当にイスラム国みたいな存在です。

こちらは信者から集めたお金(=祠堂銭(しどうせん))をたくさん持っています。

六斎市と馬借・車借・廻船

商売が活性化してモノが売れるようになると、売る側も頻繁に売りに来るようになります。鎌倉時代に月に3回開かれていた市場が、2倍の6回になります。これを六斎市といいました。

こうして地域を超えてモノがたくさん取引されるようになると、それを運ぶ人の重要性も高まります。webサービスとかと違ってモノを扱うビジネスは、この輸送(ロジスティクスという)を確保することがすごく大事なんです。これがないと届かない。

鎌倉時代には問丸という人たちが一手に引き受けていました。ただ扱う量が増えてくると、運ぶ人、運ぶ人が泊まる宿の人といったように、徐々に専門分野に分かれていきます。

特に問丸の中でも力を持った人は、運ぶ人や宿を手配しながら、自分はモノを売りさばくことに集中していきます。これを問屋(とんや)と言いました。今で言えばスーパーとかで、どこかから仕入れてそれを売る仕事を卸売業(おろしうり)と言います。

次は運ぶことに特化していった人たち。馬借車借(しゃしゃく)・廻船(かいせん)の3つを覚えましょう。馬車と車借が陸上運送、つまりクロネコさん。廻船は海運、フェリーくらいに思っておきましょう。

馬借と車借の違いは受験ではどうでもいいでしょう。一応、車借は牛に台車を引かせるのが一般的です。馬より遅いけどパワーがあるので、銅みたいに重いものを運ぶのに適しています。あと馬借は正長の徳政一揆のきっかけだったことも要チェックです。

あと、さっき話した土倉も実はこの問丸から派生した職でした。輸送業は港とかに大きな倉庫を持っていました。これを貸したら楽して儲けられるんじゃね?って気づいた人たちです。

連雀商人・振売・大原女・桂女

商売が活性化してくると、自分で他所に売りに行く人たちが出てきます。このスタイルを行商(ぎょうしょう)と言うけれど、そりゃ地元じゃ溢れてて売れないようなものも、他所に行けば「珍しい!」と言って買ってもらえるわけです。

この部分は必ず資料集で絵を見ながら覚えてください。じゃないとわけわからん。1番有名なのが連雀商人(れんじゃくしょうにん)です。リュックを背負ってる人たちで、このリュックが小鳥に似てる(?)からそう名付けられました。結構遠出する人たち。

あとはは比較的近いところから都市に売りに行くスタイルを3つ。振売(ふりうり)・大原女(おおはらめ)・鮎女(かつらめ)です。振売は肩に棒を担ぎ、そこから商品を吊るすことで運ぶ負荷を減らしています。

大原女は炭や薪(まき)を頭の上に乗せて売り歩く女性。京都近くの大原という場所から来る人が目立ったので、こう呼ばれました。桂女は鮎を桂川で穫る鵜飼の女性たち。ただ、鮎の他に飴とかも売っていて、これがなぜだか僕はよく知りません。

自分が受験生だったころ、教科書を読んで納得出来ない部分がいろいろありました。だからこうやって自分なりにその隙間を埋めながら書いているわけだけど、この大原女と桂女もそう。なんでわざわざ女性なのか。

テレビの歴史物とかを見ても、女性商人って全然イメージがわかないし、売り物が炭とか薪とか鮎なのもよく分からない。ここまでは比較的多くの人に「たしかに」と思ってもらえるんじゃないでしょうか。

じゃあ、この人たちは何なのか。一言で言えば、お金をもらって奉仕するお姉さんたちだと思います。商人の外見を作るために炭とかを持ってるだけで、本当に売ってるものは違うわけ。

受験日本史ではまっっったく大事じゃないのでこの話はここまで。ただ、この視点を持って歴史を眺めると本当に面白くなってきます。受験が終わったら、あるいはまだ時間がある人はぜひ網野善彦氏の本とかを読んでください。衝撃が続くよ☆

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