室町幕府の財源11個と「座」の仕組み

室町幕府の財源と、「座」という特権についてまとめます。どれも受験では大事な用語なうえ、戦国時代を、特に織田信長がやりたかったことを理解するためには不可欠な内容です。

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室町幕府の財源

室町幕府は直轄地から税金が入ってきました。ただ、とにかく有力大名が自分の好き勝手やっているのがこの時代の特徴。いろんな手段でそれぞれのポケットに入ってるので、幕府には全然十分な額が集まりません。

そこでこの時代はいろいろなものに税金をかけることで、合計として必要な収入を得ていました。いろんなものに税金がかかっているのは今も同じだけど、とにかく11個の財源があるので順番にまとめます。

年貢・工事・夫役

まずは直轄地から入ってくるもの3つ。寄進地系荘園のときと同じで、年貢公事夫役です。年貢は米、公事は米以外、夫役は労働といった身体で払うタイプのものでした。

室町幕府の直轄地のことを御料所(ごりょうしょ)というのを覚えておきましょう。

段銭・棟別銭

直轄地からの収入だけじゃ全然足りない。そのため、直轄地以外からの様々な形で税金を取りました。まずは段銭(だんせん)と棟別銭(むなべつせん)です。前者は土地についてかけたもので、後者は建物についてかけたもの。

今でもこの2つは固定資産税という名前でなかなかガッツリ持っていかれます。段銭は1段あたりいくらという単位なのでこういう名前となっています。段という単位については律令制度の租の話で出てきました。

酒屋役・土倉役

前回、高利貸しの話をしました。神社はちょっと別として、酒屋と土倉はなんでそんなに儲け続けられるのか。ボロ儲けしてたら叩かれそうでしょ?

それは幕府が酒屋役土倉役という形で一定の税金を取っているので、それ以上は何も言われないのです。これが6&7個目の財源です。

津料・抽分銭

前回つながりでもう1つ、海運について話しました。幕府はここからもお金を取っています。まずは津料(つりょう)、どこかの港に入るときはそこに入港税というものが発生しました。

もう1つは抽分銭(ちゅうぶんせん)。こちらは貿易をした際にかかってくる税金。今で言えば関税です。TPPとかいった話に絡んでくるものですね。

関銭・分一銭

最後は関銭(せきせん)と分一銭(ぶいちせん)です。関銭は関所を通るのに払うお金です。今でいえば高速道路を乗るときに払うお金のようなもの。ただし、政府の財源となっただけでなく、関所はいろんな問題を生み出したので次でも話します。

注意点は、室町時代の関所は江戸時代のそれとは違い、誰かを取り締まることを目的にはしていません。とにかく通行料を取る、この1点と思って大丈夫。

それから、さっきの関税とまざって貿易にかかる税金と勘違いしないようにしてください。関銭は通行料、「貿易にかかる関銭」とあったら☓ですからね。

分一銭というのは、これかなりズルい税金で、「徳政令を認めてやる、だから踏み倒したお金の10パーセントを幕府に納めろ」というものでした。いやいやそれ職権乱用だろって思うけど、これを求めてどこもかしこも土一揆をやったという面があったんです。

「座」とは何か

室町・戦国時代を理解するのに欠かせないのが、「」という存在です。これは専売同業者組合といって、要は何かを売りたければ、その商品の座から許可証を買わなきゃだめだよというライセンス集団のこと。

たとえば、「油を売るビジネスがしたい」と思った場合、油座というところにいってその許可をクソ高い金で買わなきゃいけませんでした。背景の部分から順番に話していきます。

鎌倉時代に地頭が置かれたことで、ピンチに陥ったのが寺社勢力でした。それまで多くの人が寺社に寄進をしていたので、死ぬほど金を持ってたのに、地頭が侵略する中でその収入が激減していたからです。

そんなピンチな寺社が作ったのが、これまた関所でした。みんな考えることは同じ。さすが、隣がやったら自分もやる国ニッポン!何にしても、地頭に持っていかれた分は関所を作って補填しようとしたのです。

その結果、商品を運ぶ際にかかるお金がムチャクチャ増え、1000円の商品を買ったら、送料が2000円かかるようなバカみたいな社会になります。これじゃあ流通止まって経済が滞りそうなもの。でも実際はそうはなりませんでした。

寺社は関所を作るだけでなく、「座」を保護する本所という立場を持っていました。座からお金をもらい、その代わり座にお金を払って買った許可証を持ってる人は無料で関所を通すという約束をします。

これを言い換えると、座にライセンス使用料を払わない商人は、それ以上の金を関所で取られるということ。結果みんな座にお金を払うようになるのです。まさに寺社と座はズブズブの関係を築いていたし、そのため流通も止まりませんでした。

ここまで話すと、「黙って関所がないところで売ればいいじゃん」と思うでしょう。それも物理的にムリなんです。鎌倉時代の経済で話したように、商売はもともと西日本で生まれました。全部が朝廷や中央の寺社に集まり、それを捌く必要があったからです。

そのため、商売が行われる場所というのがそもそも寺社の前にしかありませんでした。門前町と呼ばれるのがこれ。三斎市だろうが六斎市だろうが、開かれるのは全部こういったところでした。

だからこそ、商売をする者は誰でも寺社の支配地に入る必要があったし、そこではどっちを選んでもクソ高い金を納めさせられるダブルバインドトラップにハマるしかなかったのです。

そして、後の話になるけど、この座を破壊し、関所を禁止し、門前町に対する城下町というのを作ることで、「利権」というものを破壊しきったのが織田信長だったのです。マジですごい奴だと思いませんか?

主な座とその本所

最後に、主な座とその本所を覚えておきましょう。油・麹(こうじ)・綿の3つを押さえておけば大学受験では十分です。大山崎油座北野社麹座祇園社綿座(ぎおん)といって、それぞれ本所は石清水八幡宮北野神社八坂神社でした。全部京都です。

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