平氏政権①〜日宋貿易など、清盛が行った5つのこと

平氏政権、日本で初めての武士による政治の話です。いつからいつまでを指すのかはまだ評価が分かれているところですが、そもそも鎌倉時代と違って「幕府」ではない、つまり天皇に正式に認められた政権というわけではありません。

一応、時代としては後白河上皇のころ。なんとなく平治の乱が終わったらところからじわじわ始まり、源氏に滅ぼされたところで終了くらいに思っておけばいいと思います。

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平氏って誰?

最初に、なんで平氏がそんな重要ポジションにいたのかから話しましょう。この部分は受験日本史にはほとんど関係ないけれど、突然「清盛が政治を始めました」って言うのがちょっと唐突すぎて嫌なので。

話は白河天皇のときに戻ります。院政を始めた天皇だね。もともと、天皇家と仲がいいのは源氏でした。実際、前九年の役でも後三年の役でも、活躍したのは源氏。あのときに出てきた源義家が源氏一族のトップです。

武士という身分は律令制度の中では存在そのものが想定されていませんでした。あれは貴族だけの話で、その貴族たちが「死」と直面する争いを嫌がったことから、一般人が自分で戦う必要が出た。そのうちに戦いを専門に引き受ける武士が生まれたのでした。

それがすごい数になり、時代が武士の存在を認めろ!という空気になりつつある中で、尊敬される人NO.1がこの源義家でした。ただし、こいつの息子がやらかします。

長崎の対馬に国司として赴任した際に、何故か反乱を起こしました。これが白河上皇の時代に起きた源義親の乱です。西の方から徐々に京都に向かってくるわけですね。

そんな中で出雲(島根)で暴れた際にお隣(鳥取)にいた平正盛に追討命令が下り、サクッと倒します。これが清盛のおじいちゃんでした。これに感動した白河上皇が自分の側近(=北面の武士)にしたことで、平氏の時代がやってくるのです。

正盛の息子の忠盛も白河上皇に気に入られます。白河とその次に治天の君となった鳥羽上皇は例の種つき嫁さんプレゼント問題等もあって対立したけれど、忠盛は地方で貯めこんだ財産を鳥羽にあげることで引き続き側近の地位を確保しました。

鳥羽上皇の時代に忠盛が死んだので、自然と息子の清盛が可愛がられるようになったのです。

平氏政権ー清盛が行った5つのこと

前置きが長くなったけど、平氏政権についての入試に出る部分の話をしていきます。平清盛によるこの政権は、六波羅政権とも呼ばれます。六波羅は今の祇園らへんで、ここに清盛のお屋敷があったのです。

もし「六波羅殿」とかいう語を見たら、それはこの平清盛のことだと思ってください。

清盛はザックリ言うと5つのことを行いました。①家人を地頭に任命②支配地域の拡大③日宋貿易④太政大臣就任⑤外戚関係の構築の5つです。今回は③までを話したいと思います。

①家人を地頭に任命

まず、平氏政権は最初武士の支持率が超高い政権でした。それまでただ汚れた仕事をする奴らとして扱われていた武士が立派な人として認められるようになったんだから当然です。

具体的に何をしたかというと、仲間たちを家人とし、地頭に任命したんです。地頭というのは鎌倉時代で主に話すけど、「その地域はお前のものだぞ」っていうふうに認めてあげたんです。

武士自体がもともと国司と戦うために雇われた人たちでした。国司に代わって武士が地域のリーダーになったのです。家人というのは家臣のこと。ちょっと細かいけど平氏が仲良くしたのは主に畿内西国の武士たちというのを覚えておこう。

②支配地の拡大

次の日宋貿易とも深く関わってくるけど、平氏は武力が強い上に、実は頭も無茶苦茶いい人たちでした。だから領土をガンガン広げるし、そこでどんどんビジネスを行います。

金があればさらに軍事力を上げられ、また新たな支配地でビジネスができる。とにかくいい循環を起こしていたのです。その結果一番すごいときは全国のほぼ半分は自分たちで支配し、その上500カ所以上の荘園を持ちます。

「47都道府県のうち23県は僕のもので、あとは自分の牧場とかゴルフ場がたくさんあるかな」って感じ。しかもこれはあくまでも自分の持ち物という意味で実際はさらに「残り24県の知事のほとんどは俺の後輩」みたい状況です。

③日宋貿易

3つ目が先にも触れた日宋貿易。清盛と言えばこれ!ってくらい大事な話です。宋は当時の中国ですが、国交がありませんでした。無いのに平氏が独自に貿易をやってたんですね。北朝鮮に行きまくってるアントニオ猪木のようなもの。

猪木の稼ぎは知らないけど、平氏はこれで無茶苦茶稼ぎました。しかも猪木は北朝鮮に行ってるけど、清盛は呼びつけてるんですよ。猪木より清盛の方が断然強いのです。

環境整備

貿易したところを必ず覚えましょう、大輪田泊(おおわだのとまり)です。一応、もとからあった港を大掛かりに修築したんだということを覚えておこうね。「新しく作った」は×です。これが今の神戸港。摂津国まで覚えておこう。

この神戸、日本地図できちんとイメージできる人は、ここが瀬戸内海のけっこう奥の方だと分かると思います。狭い所をゆっくり通らなきゃいけません。そこで海路自体を整備します。

音戸の瀬戸(おんどのせと)と言うもので、流れに乗ったら自動的に運んでくれるようにするんです。

『ONE PIECE』を読んだ人は12巻でグランドラインに入るところと言えば分かりやすいと思う。ローグタウンを出てラブーンに会う間の山登りシーンね。

輸入品・輸出品

日宋貿易についてはもう1つ、主な輸入品と輸出品を必ず覚えて下さい。輸入品が銅銭絹織物、輸出品が水銀漆器です。

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