古墳時代②〜土器・渡来人・生活の話

古墳時代の後半戦、土器や生活についてのお話です。一部、渡来人と呼ばれる外国人たちが来て、こんなことを日本に伝えてくれたんだって内容が入ってくるけど、基本的には今回までが考古学の話になります。

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古墳時代の土器

まずは古墳時代の土器です。これまで、土器は土を手でペタペタ固め、焚き火の火で焼くような簡単なものでした。でもこの時代に今の陶磁器のようなきちんとした作り方が朝鮮からもたらされるようになります。

それが5世紀のこと。きちんとろくろで形作り、のぼり窯という専用の窯で焼く一連の作り方が出来上がりました。これによってできた土器は須恵器(すえき)といい、しっかり焼かれているために灰色で硬いのが特徴です。

この須恵器は今でいうスマホのようなものです。スマホの登場によってそれまでのケータイがガラケーと呼ばれるようになったのと同じく、須恵器の登場によってそれまでの土器も一括りに呼ばれるようになりました。

それが土師器(はじき)です。これは土師(はに)さんっていう人が土器を作っていた記録が残っているからこう呼ばれるんだけど、とにかく弥生時代とあまり変わらない土器をこの時代以降は土師器と呼びます。

今、この時代「以降」と言ったことに注意してください。須恵器ができたからといって、土師器がなくなったわけではありません。目的に応じて両方使っています。「代わった」じゃないよ。そんなところもまさにケータイと同じなんです。

3人の渡来人

中国から入ってきましたー、朝鮮から入ってきましたーって話がこれまでにも何回かありました。一言で入ってくると言ったって、実際はどのようにして伝わったのでしょうか。これは渡来人と呼ばれる人たちのおかげです。

渡来人ってのは、簡単に言ってしまえば青年海外協力隊のようなものです。自分の国に優れた技術や経験があり、それを伝えながら後進国の生活を助ける。当時の日本は完全に後進国でした。

まあ、渡来人の来日理由は「支援」とか「やりがい」とかではなく、単に国が戦争に負けて逃げてきたといったものだったんだけどね。果たした役割は同じようなものです。

本当はたくさんの渡来人が来ていたはずだけど、大学受験で覚えればいいのは3人だけ。弓月君(ゆづきのきみ)・阿知使主(あちのおみ)・王仁(わに)です。読み方が本当に注意だね。

この3人がそれぞれ伝えたものとして、まず弓月君は養蚕とそれを織る機織りを伝えました。養蚕ってのは、要はシルクを手に入れること。この時代の権力者はもうすでにシルクをご愛用です。秦氏(はた)の祖と言われています。

阿知使主は文筆に優れたと紹介されます。ここから日本人が文章を書くことが始まったんです。東漢氏(やまとのあやうじ)の祖で、この人の凄さはこの東漢氏のトップということの方がずっと大きいものでした。

というのも、身内が次から次に日本にきて、そこで固まって生活をしていました。日本人からしてみればこの人達は何でも知ってる人たち。ありとあらゆる知識を聞き出します。

岡山県の倉敷市には、当時特にこの地域が恩恵を受けたといって、阿知神社というのがあります。観光地の中心的なところにあるので、僕も前に行きました。写真が見当たらないけど。。。

最後、王仁。西文氏(かわちのふみうじ)の祖で、この人は漢字を伝えたということで知られています。具体的には『論語』と『千字文』の2冊の本を伝えました。漢字については後者です。

1000個の漢字が載っているもので、全部覚えたらひと通りマスターと言えるものとなっています。システム英単語だと思ってくれればいいですよ。僕がオススメする単語帳ですね。

漢字が書かれている出土品

王仁の漢字の話をしたので、そのまま漢字で文字を書く習慣ができたことを証明するアイテムの紹介をします。音と字がセットになった文字ができることで、ようやく地名や人名を書き表すことができるようになりました。

ここで押さえておかなければいけないのは5つ。江田船山古墳出土鉄刀(熊本)・稲荷山古墳出土鉄剣(埼玉)・隅田八幡人物画像鏡(和歌山)・石上神宮七支刀(奈良)・岡田山1号墳出土大刀(島根)です。

これに関する問題は、写真を見せたり、あるいは特徴を述べて、「これ何のことだ?」って聞いてくるものです。古代史のところではなかなかよく出てくるので、しっかり覚えてください。

まず、最初の2つ。外見では分かりづらいけど、それぞれ鉄刀と鉄剣って違うものだから注意。江田船山古墳のものは75文字の漢字が銀色で掘られていて、稲荷山古墳の方には115文字の漢字が金色で掘られています。

混ぜてきそうでしょ?

この2つにはもう1つ決定的な特徴があって、どちらもその漢字のなかに「ワカタケル大王」の記載が見られるんです。カタカナで書いたけど、もちろん漢字だよ。ただし、潰れてる文字もあって正確には読めません。

あとのは分かりやすい形。人物画像鏡は丸い鏡、ってか鏡自体これだけ。石上神宮七支刀はサボテンのような形をしていて、岡田山古墳のものはでっかい刀なんだけど、写真だとスケールが分かりづらいので、ただの短剣にしか見えません。

古墳時代の生活

古墳時代の最後、生活とか風習の話です。前にも言ったように、この時代にはまだ科学がありません。ありとあらゆるものに神とか霊といったものがあり、それらの機嫌でさまざまな現象が起こると信じていたんです。

完全に妖怪ウォッチの世界だよね。雨が降るのは雨の妖怪がいるから、作物が取れないのは枯らす妖怪がいるから。そんな感覚の中で暮らしていました。実害があるのでオマジナイの儀式をしていました。

呪術的な風習

古墳時代で呪術的な風習と呼ばれるものは4つあります。太占(ふとまに)・盟神探湯(くかたち)・(みそぎ)・(はらえ)です。揃いも揃って読みづらいね。

禊って言葉は聞いたことあるかな。「おはらい」の字だね。女性は19歳、大学1年のときに最初の本厄がくるよ。

太占というのは、占いの方法です。シカの骨を徹底的に焼き、割れ方によって「この割れ方ならこうするべきだ」みたいなことを言います。ホントかよって思うけど、信じてない人的には今の占いもそんなに変わりません。

盟神探湯は裁判の方法です。被告人は熱湯に手を入れ、ただれてしまったら有罪が確定します。いや、それ誰だってなるだろ!っていう感じの、ルールもクソもないやり方。

禊と祓は、さっき言ったように神社でしてもらうお祓いのようなもの。水に入って落とす方法を禊、そうじゃない方法でやるものを祓と言います。

農耕儀礼

科学がない世界では、作物が豊作になるか不作になるかは1番の神頼みです。あらゆる気象条件は関係なく、ただ豊作だったら神のおかげ、不作なら神が怒ってらっしゃると考えます。

だから稲作が始まる前には「今年もよろしくお願いします!」って祈る儀式をするし、収穫の時期には「今年もありがとうございました。神様のおかげです!」っていう感謝の収穫祭を行います。

前者を祈年祭(としごいのまつり)と言い、後者を新嘗祭(にいなめのまつり)と言います。また、天皇が代わって最初の新嘗祭は特別に大嘗祭(だいじょうさい)と呼ぶのも覚えておきましょう。

収穫祭ってのは今でも結構いろんなところでイベントとしてやってますよね。六本木ヒルズでは英語でカッコよく「TOKYO HARVEST」なるものをやっています。ちなみに、新嘗祭は今、勤労感謝の日となっていますよ。

ここまでで、昔の人の神に対する信仰ってものがなんとなく分かったでしょうか。その想いがこの時期に神社を作り出します。「神様を祀った建物作ろうぜ!」みたいな。

伊勢神宮

なんといっても大事なのは三重県にある伊勢神宮です。太陽の女神である天照大神(アマテラスオオミカミ)を祀るもので、ただ「神宮」と言っただけでここを指すことができます。神明造(しんみょうづくり)と呼ばれる建築方法も覚えておいてください。

出雲大社

続いては島根県の出雲大社。名前は聞いたことがあるでしょう。今は跡しか残っていませんが、復元写真が超巨大でカッコいいのでぜひ見ておきましょう。作り方は名前のまんま大社造。こういうの簡単でいいね。

ここで祀られているのは大国主神(オオクニヌシノカミ)。アマテラスオオミカミが日本を支配(言葉はよくないが)する前に支配していたのがこのオオクニヌシノカミでした。

歴史書の中では、アマテラスオオミカミがオオクニヌシノカミに「日本ちょーだい」と言ったら、オオクニヌシノカミが「いいよ」と言ってプレゼントしてくれたみたいなことが書かれています。

そんなわけないやろ

本当はこの両者は争っていて、勝ったアマテラスオオミカミがオオクニヌシノカミの怨霊を恐れてでっかいのを作ったんです。実際、伊勢神宮よりずっと大きいんだもん。ってことが『逆説の日本史』1巻に書いてあります。

住吉大社・大神神社・宗像大社

伊勢神宮と出雲大社以外で覚えておきたい神社は3つ。住吉大社(大阪)・大神神社(奈良)・宗像大社(福岡)です。住吉大社は海の神様、そのまま海神というけど、これを祀っています。

大神神社、これは読み方を気をつけてください。「おおみわ」です。三輪山という山がとてもきれいな形をしていて、「こんなきれいなんだから神がいるに違いない」と言って祀っているので、「神」を「みわ」と読むのです。

宗像大社(むなかた)、これは福岡県沖の沖ノ島というところにあります。ここからは4世紀後半から9世紀という大変長い間の祭器が出土しています。そのため、日本と朝鮮半島の海上交通の安全を祈る場所として超大事な場所だったんじゃないかと言われているのです。

以上で古墳時代の話はおしまいです。くり返しになるけど、古墳時代の話自体はこれだけじゃありません。仏教が日本に伝わったよ!みたいな大事な話もあります。

でもそれはちゃんと記録に残っている人間のお話。次回からこのいよいよストーリーとして語られる日本史の話をしていきます。

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