大和政権の成立と仕組み〜氏姓制度と支配構造の話

大和政権についてです。日本を1つにまとめた大和政権。分かりづらいところだけど、どのように成立し、どのように支配力を保ったのかを一気に説明します。

大和政権と大和朝廷という異なる言い方があるけれど、あまり気にする必要はありません。安倍さんによる安倍政権ってのと同じで、大和朝廷による大和政権くらいに思ってくれればいいでしょう。

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大和政権の成立

大和政権は4世紀のどこかで成立しました。こんな曖昧な言い方になる理由は、単純によく分からないからです。前回、古墳時代中期(=5世紀)までのことは外国の歴史書を見せてもらわないと分からないと言いました。

ただ、邪馬台国の話をしてくれた魏が滅びて以降、肝心の中国も戦乱の世になってしまって、日本のことまで丁寧に書いてある歴史書が何もないのです。事実、前回の話でもこの部分だけは朝鮮の文献だったでしょ。

なので、「卑弥呼の話までは分かっているけど、そのあとがしばらく途切れていて、元に戻ったころには大和政権がもうできていました」ってな状態なのです。「CM中でチャンネル変えてる間にいいところ見逃した!」みたいな状況。

だから、今のところ大和政権の誕生に関する問題は絶対に出ません。とにかく、誰かが日本全国を統一し、同じ人か引き継いだ人かは分からないけれど朝鮮に攻め込んで負け、そしてその何代かあとから5人が宋に朝貢したのです。

大和政権と前回の話をリンクさせるとこのようになります。今は大事な用語を一切使わずに話したので、何のことか分からなかった人は必ず前回の高句麗好太王碑文と宋書倭国伝のところを見てください。

氏姓制度:人の把握方法

今、日本には戸籍と呼ばれるすごいデータベースがあって、全ての国民を把握できるようになっています。これがあるから小学校入学のお知らせとかがちゃんと届くわけです。その上にマイナンバーまでできました。

大和政権はこのように国民を把握するのに、氏姓制度(しせい)という方法をとっていました。「氏」も「姓」も、今でも普通に使う言葉だけど、「姓=苗字」のイメージとはちょっと違います。

氏とは

まず、今の苗字にあたるもの、これが「」(うじ)です。これ注意ね。血縁関係のある集団を「氏」という単位で管理しました。自分が鈴木という苗字だったら、氏は鈴木になるのです。

では氏の中身の話。ちょっと「自分が金持ちの家に生まれて、男ばっかりの3兄弟」という設定をイメージしてください。これが1番分かりやすい。ただし、まだ女性軽視の時代なので、母や姉・妹はいるだろうけど触れない設定です。

まず、一家で1番エラいのはお父さんです。この家族で1番エラい人を氏上(うじがみ)と言います。そして自分も含めた3兄弟、この氏上から派生する家族を氏人(うじびと)と言いました。だから氏上は1人で氏人は複数います。

金持ちの家なので、身の回りの世話をしてくれる人たちがいます。執事のおじさんやかわいいメイドさんたちだけど、一応ここでは執事が労働者、メイドが奴隷の立場と思おう。労働者は部曲(かきべ)、奴隷は奴婢(ぬひ)と呼ばれました。

このように、一族のトップから奴隷までを含めた集まり、これを「氏」と言います。主人たちと血の繋がりがないメイドも氏は鈴木になるのです。

姓とは

今の【苗字にあたるもの】が「氏」、それに対して「」は【氏のカテゴリー】だと思ってください。「医者の家系」とか「政治家の家系」と職業で言ったり、「もとは鹿児島の家系」と地域で言ったりすることってあるよね。

大和政権は、その中心地が大和、現在の奈良県あたりにありました。1番エラい大王(おおきみ)を中心に、その周辺地域の強い人たちも「よし、一緒に国を作ろう」と思ってくれたからこそ、強い支配基盤を作れたはずです。

強い力を持った人たちを豪族と言いますが、この大和周辺にいた豪族たちが1つ目のカテゴリーです。カテゴリー名を(おみ)と言いました。当然、一番大事な姓。代表的な家柄として蘇我氏や葛城氏(かつらぎ)がいます。

この大和周辺以外の地域は「地方」と呼ばれました。今でも首都圏出身者以外はそう呼ばれる場面があるけれど、同じことです。大和政権はこの地方の豪族の理解(あきらめも含む)を得ていたからこそ、日本を支配することができました。

その地方の豪族は2つに分類されました。まずはもともとは天皇家だったけれど分かれて地方豪族になった氏、これをと言います。地方を制圧するために出かけて行って、現地で指揮を取った人たちです。

もう1つはその地域にもともといた豪族です。地域のトップが大和政権と仲良くしてくれれば、何も中央から派遣する必要がないわけ。こういう豪族を(あたえ)と言いました。

ここまで出てきた姓はそれぞれその地域のトップの豪族です。でも、どこの地域にもNo.2、No.3がいるはずだよね。そういう人たちは近畿にいるかどうかに関係なく、造(みやつこ)・首(おびと)と言います。

ここまでが単純に強かった氏に与えられた姓です。ただ、姓はそれだけではありません。

たとえば、自分がフェイスブックとかインスタみたいなサービスを作りたいと思ったとします。でもアイディアだけじゃダメで、実際に作れる人、この場合はプログラミングができる人が必要になってきます。

こんな感じで、大王の一族が大王になる前から専門的な技術を持って貢献していた豪族もスゴく大事にされました。この人たちには(むらじ)というカテゴリーがつきました。臣の次くらいの重要さ。

もう1つ、専門知識と言ったら忘れちゃいけないのが渡来人です。この人たちの子孫、秦氏・東漢氏・西文氏をやったけれど、こういった人たちは史(ふひと)というカテゴリー分けをされています。

すごい細かいことを言うと、この3氏自体は完全に日本社会に溶け込んだ結果、連にカテゴリー分けされているんですが。

以上、7つの姓の話をしました。話はしたけれど、色をつけたとおり直までの4つを覚えたら大学受験日本史では十分です。

大和政権の支配構造

大和政権がどうやって全国を統治していたか、その支配構造の話に入ります。僕はこれをビジネスの話にたとえて説明したいと思います。まわりくどいけど、最終的には近道だと思う。将来にも役立つしね。

CEOとかCTOといった言葉を聞いたことがあるでしょうか?企業のトップらへんにいる人は、その担当内容によってこんなふうに3文字の横文字で表されることがあります。

これにはいろいろな種類があるんだけど、今回使うのは4つ。①CEO(最高経営責任者)②COO(最高執行責任者)③CTO(最高技術責任者)④CKO(最高知識責任者)です。

全部言葉の通りって感じではあるんだけど、会社のトップに立って全ての責任を背負うのがCEO。会社が行う事業を100%自分事と思って頑張るのがCOO。実質会社のNo.2であることが多い。

それからITのように会社の事業に使う技術面の責任者がCTO。そしてどんな物を持ってるかとか、どんな知識や経験を持った社員がいるのかといった、会社が持っているものを把握してうまく使うことを考えるのが最後のCKO。

難しいので、本当になんとなく分かってもらえれば大丈夫。この4者が分かれば大和政権の構造はすぐに分かります。

中央の構造

まず、1番エラいのがさっきから出てきている大王。もちろん大和政権、あるいは日本のCEOです。大和政権の特徴は家ごとに役割が決まっていること。大王は大王の一族しかなれません。この一族は後に天皇家と呼ばれます。

CEOのもとにいるのが、COO役の大臣(おおおみ)・CTO役の大連(おおむらじ)・CKO役の伴造(とものみやつこ)の3人です。大臣と大連は氏姓制度でやった「臣」と「連」のトップがそれぞれ就任します。

大和周辺の有力豪族の一員として大和政権の発展に尽力するのが大臣、専門的な能力で貢献するのが大連。トップにまでなれるのは、軍事面の知識を持った家が多い。この2者は完全に同格の存在として大王の左右を固めている存在です。

労働者階級は4+1種類

もう1つの伴造、これを説明する前にまた会社の話をします。CEOやCOOなどは会社を経営する立場、その下には雇われて働く社員さんたちが大勢います。大和政権の中でこの社員にあたる労働者たちのことを部民(べみん)と言いました。

この部民はやる仕事内容によって5つに分かれます。品部(しなべ)・(とも)・【名代・子代】(なしろ・こしろ)・田部(たべ)・部曲です。名代と子代は違うものではあるけど、差がよく分からないのでセットでOK。

まず品部、これは専門知識を持った人たちの総称で、それぞれは、土器を作れるのは陶部(すえべ)、機織りができたら錦織部(にしごりべ)、文字を書けたら史部(ふひとべ)、儀式を司るのが忌部(いんべ)、鉄を扱うのが韓鍛冶部(からかぬちべ)などと呼ばれます。

伴というのは、大和政権に従うようになった地方の豪族の若者のこと。地域との連絡をしながら、朝廷の中で役人みたいな仕事をします。この中で一人トップが決まり、それがさっき出た伴造という身分です。全国に何があるのかをよく把握しています。

次、先に部曲の話をします。これはさっきの氏姓制度のところで出てきました。豪族が直接雇っている労働者はどんな仕事をしていようがこのように部曲と呼ばれます。

それに対して大和朝廷が直接雇った労働者、これが名代・子代と田部です。田部というのは農業をする人。重要な食料調達班です。それ以外の仕事をする人たちが名代・子代と呼ばれました。

地方の構造

ここまでが中央である大和の中の話でした。では地方はどうなっているのか。簡単に言えば大王の言うことを聞く県知事がいるわけです。君や直という姓の人たちでした。この県知事に当たる人たちを国造(くにのみやつこ)と言います。

ただし、大和以外の近畿の地域や、新技術がどんどん大陸から入ってくる九州の北部、これらの場所は重要な場所と位置づけられていました。そこには同じ県知事でも、優秀で従順な人を配置しておかなければなりません。特別に県主(あがたぬし)と言います。

そしてこの国造や県主をサポートする地域のNo.2やNo.3のことを稲置(いなぎ)と言います。ここらへんがさっきのCEOやCOOなどに当たるもの。その下にやっぱり部曲や名代・子代がいます。

土地の呼び方

最後は土地の呼び方。全国の土地は、ざっくり大和朝廷のものとそれ以外の豪族のものに分かれます。前者、朝廷の土地を屯倉(みやけ)と言い、田部が耕しました。一方の豪族の土地を田荘(たどころ)と言い、耕したのは部曲です。

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